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インクラインとねじりまんぼ [ぶらり京都&レンガ造り]

京都三条蹴上のインクライン(傾斜鉄道)を久しぶりに歩いてみました。
琵琶湖より水を引き、その水運を利用して
人や荷物を舟に乗せ運んだのです。
明治24年11月に運転開始と京都市水道局の立て看板に記されていました。
工事は青年技師 田邊朔郎、測量師 嶋田道生らの技術者の行政と市民の
多くの人の力で難工事を成しとげたとの事です。

そのインクラインの下にレンガ造りのトンネルがあります。
そのレンガの積み方がネジレて積んであります。
他にもあるそうですが、めずらしいおもしろい積み方です。
ねじりまんぼと呼ぶのでしょう。これも道端の案内表示にありました。
レンガの建築物が大好きな私には、見ているだけで感動ものです。
琵琶湖疎水記念館に行くとインラインの詳しいことが解ります。

keage_renga1.jpgkeage_renga2.jpg
タグ:京都 煉瓦
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大阪市中央公会堂 [ぶらり京都&レンガ造り]

大正7年の建物で平成14年11月に当時の大正ルネッサンスと
呼ばれる建築様式を残して、耐震改修を含んだ全面的な改修が
行なわれました。

大阪市の中ノ島にあって、大阪市のシンボル的な建物です。
本当に美しいレンガ造りの建物で何回か来ましたが、今回も
建物を一回りして、展示されているレンガのイギリス積みに
見入ったり、建物内の昔ながらの壁際の折りたたみの木のイスに
しばらく腰かけたりして、しばらくの時間を楽しみました。

 


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赤レンガの塀 [ぶらり京都&レンガ造り]

住宅のレンガ塀にハンチングの花が飾られていました。
この小さな風景は、私は大好きな物たちの組み合わせで
思わず見とれて、写真を撮りました。


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聖ヨセフ修道院 [ぶらり京都&レンガ造り]

赤レンガ造りの美しい建物がありました。
聖ヨセフ修道院の入口の門と建物です。

守衛室の用途だったのか、入口にあります。
平屋建の建物で、急勾配の瓦の屋根になっています。
屋根裏には、室が設けられているのかも知れません。

腰の部分やエントツに赤レンガが使われていて
外壁は白壁にハーフ・テンバーの梁や柱の濃いこげ茶色が映えています。
年代もわかりませんが、きれいに保存された、本当に
きれいな形、造りです。

普段は、西大路通りを車で走っているので、東側は初めて
通り、この赤レンガの建物に出会う事が出来ました。

 


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赤レンガ造り [ぶらり京都&レンガ造り]

赤レンガ造りの発電所です。
小さな施設で、一見わかりにくいのですが、
冷泉通りの川端通りを東へ行ったすぐに見えます。

琵琶湖より引いた、疎水の水を利用した発電所です。
夷川発電所と言って1890(明治23)年に田辺朔郎氏が
疎水を作った時、蹴上発電所と同時にアメリカから購入した
発電機とイギリスからの水車を備えて造られたと円満字さんより
教えてもらいました。

1992年~1993年(平成4年~5年)に国産の発電機類に
取り替えられ、今も出力300KWを発電する現役と聞き、
感心しています。
街中で、発電所が作られて100年近く使われている。
原子力や火力発電所に比べ、ローテクかも知れませんが、
環境にやさしい発電所だと思い、ますます親しみが出てきました。


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レンガの煙突 [ぶらり京都&レンガ造り]

赤レンガ造りのエントツを見つけました。
京都北区鷹ケ峰の、歴史あるお醤油屋さんの
松野醤油株式会社様のお店の横にあります。

今は使われているのかは不明です。
一部鉄骨アングルで補強してありますが、
堂々として立派なエントツです。

松野醤油屋さんで、さしみ醤油、薄口醤油、ポン酢を
買い求めました。
どれもおいしかったですよ。
おすすめします。

 


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レンガ造りのランプ小屋 [ぶらり京都&レンガ造り]

京都伏見稲荷さんの前にあるJR稲荷駅に
レンガ造りのランプ小屋があります。
6帖程の平屋で、ガラス窓が1つ、横に入口が見えます。
明治13年に建てられた国鉄最古の建物だそうです。
以下、掲示板の案内文をご紹介します。

『旧東海道本線』
(施工)明治11年8月21日
(完成)明治13年7月15日
(廃止)大正10年8月 1日
大正10年、現在の東海道本線のルートである膳所-京都間が開通するまでは、旧東海道本線(馬場<膳所>-大谷-山科-稲荷-京都)が東西両京を結ぶ幹線として活躍していました。
この線区の建設には非常な難工事(山間部を通過する始めての鉄道であったこととトンネルの掘さくや丘陵部の切取り築堤など)が伴い当時としては大がかりな土木工事でしたが特筆することは、この工事がそれまで外国人に依存していたことから脱却しすべて日本人の手により建設が進められたことです。明示13年7月14日明治天皇臨御のもとに開通式を挙行、翌15日全線開通のはこびとなりました。そして最急行が走破するなど華やかな時代を迎えたわけですが、急曲線の連続急勾配に禍いされて大正4年から線路変更工事が開始され、その完成とともに廃線の運命をたどりました。
「ランプ小屋」は旧東海道線の建物として残った只一つのもので、同時に国鉄最古の建物として貴重な遺構の一つとなっております。
<以上、掲示板より転記>


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